真に愛国心と平和を求める新たなリーダーが必要
植草 1990年代のバブル崩壊後、1994年の宮澤内閣の時に、米国から悪名高い「対日規制改革要望書」が出されて、それが恒例化されました。さらにそれに基づいた規制改革委員会が日米に設置されました。そしてご存知のように郵政民営化はこの要望書に沿ったものでした。そして鳩山内閣の時、その規制改革委員会は廃止され、「対日規制改革要望書」も中断されたのです。ところがそれが菅内閣に代わったとたん、今度は「日米経済調和対話」と名称を変えて復活したのです。なぜ規制改革委員会を廃止したのかを含め、この経緯を鳩山さんにおうかがいします。
鳩山 米国との関係において、「対日規制改革要望書」をただ受け入れるだけの受身の対応はやはりおかしいわけです。我々はそもそも郵政民営化に反対してきたのですから、その原因になっている規制改革委員会も見直すために中止に決め、それに伴って要望書も来なくなりました。つまり委員会がなくなれば、要望書を扱うところがなくなるわけです。ですから私としては民主党の政権交代に伴い、要望書もなくなるものだと考えていました。しかし菅さんになって「調和対話」という形で復活してきたのであれば、もしかすると菅さんの側からメッセージが送られたのかもしれません。いずれにせよ、別の形で同じ内容の委員会が復活したことは残念なことです。
その上、菅内閣はTPPというより大きなものを、突然米国から突きつけられたことに慌てて、これに対する議論を党内で十分に行なうことなく、基本的に早々と賛成の方向を政府で決めてしまったように思えます。これは多分に外務省の主導であったと思われますが、よく内容も検討せず、TPPは基本的に賛成という方向に安易に乗ってしまったのは、「米国に対して従順に行動しなければ政権が長持ちしない」、だから「米国に対して従順でありたい」という、まさに”孫崎理論”を菅さんはよく知っていたということでしょう。
植草 小泉俊明さん(元民主党、国交省政務官、減税日本幹事長)の著書『民主党大崩壊』によると、2010年11月の菅首相とオバマ大統領の第三回日米首脳会議において、新たなイニシアティブ(自発的提案)に関する概要書の立ち上げが合意され、これによって先ほどの「日米経済調和対話」が再びスタートしています。これを見ると鳩山さんが言われたように、菅首相は最初から意図的に、鳩山政権が断ち切った「対日規制改革要望書」を復活させようとしたことは間違いないと思います。
ちなみに、菅首相の第一回目の日米首脳会談(トロントサミット)では消費税増税が約束され、第二回目のニューヨークの会談ではTPPへの参加検討が約束されています。ですから菅政権によって、対米追従路線への切り替えが非常に早く行なわれていることが分かります。菅さんにとって、鳩山政権が潰れた理由は、一に増税を封印したこと、二に米国に対してものを言ったことという観察結果を活かし、財務省の意向を汲んで一気に増税に踏み切り、米国に従おうと決意したのです。これが菅内閣の基本姿勢だったと思います。
孫崎 間違いないと思います。
植草 この小泉俊明さんの本にはさらに、鳩山政権から菅政権への移行に伴い、裏で行なわれた重大な二つの「先祖返り」についても書かれています。一つは、自民党政権では財政再建についてプライマリーバランス(収支のバランス)の黒字化が目標として掲げられていましたが、鳩山政権ではこれを目標とするのをやめたのに対し、菅政権は即座に財務省主導の「プライマリーバランス黒字化」の目標を復活させたこと。二つ目は、鳩山政権が内閣府の経済モデルの見直しを行なったのに対し、菅政権は若干の修正だけでこの見直しもやめて、自民党時代とほとんど変わらない経済モデルを復活させたことです。
しかもこの内閣府の経済モデルは、増税しても景気に悪影響は出ないとか、公共事業を行なっても景気はよくならないなどといった、かねてより財務省がもくろんでいたもので、増税にとって都合がよくなるように改竄(かいざん)されたマクロ計量モデルなわけです。
鳩山 リーマンショックによって9兆円の歳入欠陥が生じているときに、プライマリーバランスの黒字化というような目標を持ち出せば財務省の思うツボですから、そうした議論をすることに意味がないと思っていました。ですからそのような目標を閣議決定しなかったのは事実です。いずれは財政を健全化しなければならないのは当然ですが、いま大事なことは地域で働く人々の生活であって、本当に必要なところにもっと財政を出動させることなのです。これを数年行なえば経済を好転させることができるし、財政再建に手を付けるのはその後のことだと思います。
政府のマクロ経済モデルというのは、これはもう言うなれば、政府にとって都合がいい結果が出るように作られているものなのです。私がもともといた大学(東京大学工学部計数工学科数理コース)の連中は、いろいろな数理モデルを専門的に作る能力を持っています。ですから彼らは、こういう結果を出してくださいと言われれば、発注者の意向に合わせてそういう結果が出てくるモデルを、いとも簡単に作ることができるんです。プログラムの中身については、それが経済モデルのような場合、それが正しいかどうか検証するのは非常に難しいのですが、コンピューターに数理計算させて経済予測などの結果が出てきてしまうと、それなりに信憑(しんびょう)性を持ってしまうところがあります。つまりはどれを信じるかという宗教のようなものなのです。
民間のDEMIOSモデル(日米・世界モデル研究所、宍戸俊太郎氏による中長期経済社会予測シュミレーションのための他部門モデル)によると、ここ数年間は財政出動して経済を活性化し、税収が上がった後にプライマリーバランスを回復してゆくという道筋を描くことができるのですが、政府モデルだとそうはならない。しかもDEMIOS以外の民間モデルも多くはDEMIOSと同様の動きをするのですが、財務省は考え方を変えず、民間モデルは正しくないという理屈を作っているのです。どうやってデフレを脱却するかという時期に、財務省が自分たちの意図を反映させた政府の経済シミュレーションしか認めないというのは、非常にまずいと思いました。
植草 小泉政権は2001年から2006年までの5年半続きました。
2003年までは日本経済は急激に悪化しましたが、2003年ごろから「りそな銀行」の救済などによって株価が上がり始め、緩やかな景気回復が実現します。小泉政権後の2007年度の国債発行額は25兆4000億円ですが、そのうち14兆4000億円が国債を返すための支出でしたから、実際に増やした借金は11兆円です。日本のGDPは約500兆円なので、増えた借金はGDP比で2%強ということになり、ヨーロッパにおける財政再建の目安とされている3%をクリアしているわけですから、2007年度の日本の財政は基本的に健全化されていたと考えてよいと思います。
しかし2009年度、2010年度になると財政は急激に悪化し、国債の発行額は50兆円を超えてきます。その原因は、100年に一度の金融津波であるリーマンショックによる9兆円の税収減と、景気対策のための支出増による赤字でした。しかしこれは構造的な財政赤字ではないのです。これを構造的な財政赤字に対比して「循環的な財政赤字」と呼びますが、こういった事態に対してはまず、経済を回復させることが大事なのです。ですから増税をするといったような構造的な赤字削減への対策は、循環的な赤字を削減した後の段階で取り組むべきなのです。そういう意味では急激に赤字が拡大した2009年度に、赤字だからと緊縮財政を取るのはまったくの誤りですから、鳩山政権が取った対応は適正であったと思います。
鳩山 米国との関係において、「対日規制改革要望書」をただ受け入れるだけの受身の対応はやはりおかしいわけです。我々はそもそも郵政民営化に反対してきたのですから、その原因になっている規制改革委員会も見直すために中止に決め、それに伴って要望書も来なくなりました。つまり委員会がなくなれば、要望書を扱うところがなくなるわけです。ですから私としては民主党の政権交代に伴い、要望書もなくなるものだと考えていました。しかし菅さんになって「調和対話」という形で復活してきたのであれば、もしかすると菅さんの側からメッセージが送られたのかもしれません。いずれにせよ、別の形で同じ内容の委員会が復活したことは残念なことです。
その上、菅内閣はTPPというより大きなものを、突然米国から突きつけられたことに慌てて、これに対する議論を党内で十分に行なうことなく、基本的に早々と賛成の方向を政府で決めてしまったように思えます。これは多分に外務省の主導であったと思われますが、よく内容も検討せず、TPPは基本的に賛成という方向に安易に乗ってしまったのは、「米国に対して従順に行動しなければ政権が長持ちしない」、だから「米国に対して従順でありたい」という、まさに”孫崎理論”を菅さんはよく知っていたということでしょう。
植草 小泉俊明さん(元民主党、国交省政務官、減税日本幹事長)の著書『民主党大崩壊』によると、2010年11月の菅首相とオバマ大統領の第三回日米首脳会議において、新たなイニシアティブ(自発的提案)に関する概要書の立ち上げが合意され、これによって先ほどの「日米経済調和対話」が再びスタートしています。これを見ると鳩山さんが言われたように、菅首相は最初から意図的に、鳩山政権が断ち切った「対日規制改革要望書」を復活させようとしたことは間違いないと思います。
ちなみに、菅首相の第一回目の日米首脳会談(トロントサミット)では消費税増税が約束され、第二回目のニューヨークの会談ではTPPへの参加検討が約束されています。ですから菅政権によって、対米追従路線への切り替えが非常に早く行なわれていることが分かります。菅さんにとって、鳩山政権が潰れた理由は、一に増税を封印したこと、二に米国に対してものを言ったことという観察結果を活かし、財務省の意向を汲んで一気に増税に踏み切り、米国に従おうと決意したのです。これが菅内閣の基本姿勢だったと思います。
孫崎 間違いないと思います。
植草 この小泉俊明さんの本にはさらに、鳩山政権から菅政権への移行に伴い、裏で行なわれた重大な二つの「先祖返り」についても書かれています。一つは、自民党政権では財政再建についてプライマリーバランス(収支のバランス)の黒字化が目標として掲げられていましたが、鳩山政権ではこれを目標とするのをやめたのに対し、菅政権は即座に財務省主導の「プライマリーバランス黒字化」の目標を復活させたこと。二つ目は、鳩山政権が内閣府の経済モデルの見直しを行なったのに対し、菅政権は若干の修正だけでこの見直しもやめて、自民党時代とほとんど変わらない経済モデルを復活させたことです。
しかもこの内閣府の経済モデルは、増税しても景気に悪影響は出ないとか、公共事業を行なっても景気はよくならないなどといった、かねてより財務省がもくろんでいたもので、増税にとって都合がよくなるように改竄(かいざん)されたマクロ計量モデルなわけです。
鳩山 リーマンショックによって9兆円の歳入欠陥が生じているときに、プライマリーバランスの黒字化というような目標を持ち出せば財務省の思うツボですから、そうした議論をすることに意味がないと思っていました。ですからそのような目標を閣議決定しなかったのは事実です。いずれは財政を健全化しなければならないのは当然ですが、いま大事なことは地域で働く人々の生活であって、本当に必要なところにもっと財政を出動させることなのです。これを数年行なえば経済を好転させることができるし、財政再建に手を付けるのはその後のことだと思います。
政府のマクロ経済モデルというのは、これはもう言うなれば、政府にとって都合がいい結果が出るように作られているものなのです。私がもともといた大学(東京大学工学部計数工学科数理コース)の連中は、いろいろな数理モデルを専門的に作る能力を持っています。ですから彼らは、こういう結果を出してくださいと言われれば、発注者の意向に合わせてそういう結果が出てくるモデルを、いとも簡単に作ることができるんです。プログラムの中身については、それが経済モデルのような場合、それが正しいかどうか検証するのは非常に難しいのですが、コンピューターに数理計算させて経済予測などの結果が出てきてしまうと、それなりに信憑(しんびょう)性を持ってしまうところがあります。つまりはどれを信じるかという宗教のようなものなのです。
民間のDEMIOSモデル(日米・世界モデル研究所、宍戸俊太郎氏による中長期経済社会予測シュミレーションのための他部門モデル)によると、ここ数年間は財政出動して経済を活性化し、税収が上がった後にプライマリーバランスを回復してゆくという道筋を描くことができるのですが、政府モデルだとそうはならない。しかもDEMIOS以外の民間モデルも多くはDEMIOSと同様の動きをするのですが、財務省は考え方を変えず、民間モデルは正しくないという理屈を作っているのです。どうやってデフレを脱却するかという時期に、財務省が自分たちの意図を反映させた政府の経済シミュレーションしか認めないというのは、非常にまずいと思いました。
植草 小泉政権は2001年から2006年までの5年半続きました。
2003年までは日本経済は急激に悪化しましたが、2003年ごろから「りそな銀行」の救済などによって株価が上がり始め、緩やかな景気回復が実現します。小泉政権後の2007年度の国債発行額は25兆4000億円ですが、そのうち14兆4000億円が国債を返すための支出でしたから、実際に増やした借金は11兆円です。日本のGDPは約500兆円なので、増えた借金はGDP比で2%強ということになり、ヨーロッパにおける財政再建の目安とされている3%をクリアしているわけですから、2007年度の日本の財政は基本的に健全化されていたと考えてよいと思います。
しかし2009年度、2010年度になると財政は急激に悪化し、国債の発行額は50兆円を超えてきます。その原因は、100年に一度の金融津波であるリーマンショックによる9兆円の税収減と、景気対策のための支出増による赤字でした。しかしこれは構造的な財政赤字ではないのです。これを構造的な財政赤字に対比して「循環的な財政赤字」と呼びますが、こういった事態に対してはまず、経済を回復させることが大事なのです。ですから増税をするといったような構造的な赤字削減への対策は、循環的な赤字を削減した後の段階で取り組むべきなのです。そういう意味では急激に赤字が拡大した2009年度に、赤字だからと緊縮財政を取るのはまったくの誤りですから、鳩山政権が取った対応は適正であったと思います。