自分の反応を変えることで「運命を変えよう」
運命について大きな誤解が存在しているようなので、それについてお話ししましょう。人の運命は決まっているわけではありません。運命とは、決して前もって全面的に決定されるようなものではないのです。とは言っても中には天職などのように、その人に割り当てられた原型的な要素もありますが、そうであってもそれも恒久的に固定されているわけではありません。宿命や運命といったものの側面は単なる見込みや推定に過ぎず、変わり得るものなのです。
あなたの生命を次元上昇、あるいは次元低下(つまり退化)の螺旋に置き換えてみると、生命はあなたのエネルギーの振動を増幅して加速させるか、あるいは低減して減速させるかのどちらかであることがわかります。そして意識も上下して、すでにお話したように揺れるものです。また人としての体験においても、それを通して高次の気づきのレベルへと上昇することもできるし、気づきの少ないレベルへと螺旋を落ちていくこともできます。
運命やそうしたものを変えるためには、「気づき」と「選択」の持つ「波動」次第なのです。ですから自分には選択の自由があることを、自覚できるだけの気づきに達していなければなりません。本書で紹介しているエクササイズの練習によって、気づきを高めることができ、すべてはあなたに選択権があることを強烈に悟るようになるでしょう。人生において自分は単なる駒でもなければ、被害者でもなく、すべては自分にその選択の自由があることを実感できるところまで気づきが深まると、未来は自由に開かれたものとなり、柔軟に変化し得るものになります。こうした認識の変化こそが、いわゆる運命を変える「鍵」となるものです。
人生の見えるところで展開している状況パターンが、自らの意識内にある過去の信念と感情パターンの表出であることを受け入れられるようになると、自由はもはやあなたの手の届くところにあります。自らの持つこれまでのパターンとは、実はあなた自身だけでなく両親や家族、先生や仲間、そして自分の住む地域や共同体に生きている多くの人々によって影響され、植え込まれ、それを受け入れたものが信念として結実したものです。なかには堅く信じていてこびりついてしまったかに見えるものもありますが、それも変えることができます。
あなたの意識にあるそうした信念を、変化させることができるのはあなたしかいません。人には、状況が困難であるとわかると、思い通りにいかないことで自分を惨めに思ってしまう傾向があります。しかしそれは私たちの見地からすると、その機会を無駄に逃しているように見えます。なぜなら、もし何かが思い通りにならなくて、強い感情的反応でもってそれを体験するならば、その満足のいかない強い気持ちを建設的に利用することができるからです。
まずそこでできるのは、実際に起きている事件や出来事に十分な意識を持って気づくことであり、それに対して感じている自分の感情的反応に気づくこと、そしてその出来事に関する選択の自由は自分にあることを思い出すことです。たとえ外的状況を変えることができなくても、あなたには必ずそれに対する自らの「内的反応」を変える力があるのです。その出来事に対する自分の反応を変えることで、軸足を乗せるポイントができます。すると運命は、そこを基点に変化しつつ展開して行くようになります。
それについて日常生活で起こりうる膨大な例の中から、具体例を一つ取り上げてみましょう。たとえばあなたが惹かれていたある人と付き合い始めたのですが、相手はあなたの思いに反応してくれないとします。あなたはいつも一緒にいたいと思っているのに相手はそうではなく、むしろ拒否するような態度をするとき、それはあなたにとって苦しみになります。その原因はあなたの考え方にあり、相手に対する執着心と相手が自分にとって重要だと思うからで、相手との間に親しさが生まれなければそれを痛みと感じます。そして拒絶された感覚が生まれ、さらに自分に対する劣等感や自己否定感、欲求不満などの感情に共鳴を起こすようになります。
しかしそうであっても、相手があなたを避けていることがわかった瞬間にも、自分を責めたり、相手を責めたりするのではなく、ただその体験が完全であることに気づき、くつろいだ心でいるならば心の痛みは緩和されるでしょう。自分が愛着を感じている人が自分から遠のいて行くことがわかったとき、それに対する自分の感情的反応に気づき、自分はその感情的反応だけでなく他の反応を選択することができるという事実に気づくことによって、その状況を別の感じ方で体験することが可能になります。そしてそこにはたくさんの選択肢があるのです。
つまり、ある一つの出来事をあなたがどのように体験するかという選択が、その出来事から先の運命がどう展開するかを決定づけるのです。あなたの内面に湧いてくる反応はあなたの持つ内なるパターンというメカニズムの表れであり、それが外の世界において物質化するのです。あなたは実は意識しているいないにかかわらず、毎瞬毎瞬、あなたがする反応によって、あなたの未来を形作る種子はあなた自身の手で蒔かれているのです。ですからそれをこれからは「意識的に」種を蒔くことによって、その実りに好ましい影響を与え、あなたの運命を建設的なものに変えていくことを可能にするのです。
したがって先の例で言うと、あなたを拒絶した人と、その拒絶に対してしたと思っているあなたの反応は、実は別々の事柄であり、あなたにはその状況をどのように体験するかについての幅広い選択の余地があるのです。ところが多くの場合人というものは、いかに新しい出来事であっても、過去の体験という古いパターンに基づいて反応し、体験してしまうようです。それが、「おそらく拒否されるだろう」と予測したり、そのために挫折感を感じ、何かを責めてしまうような今までの自分の反応パターンであり、その結果、いつもの自分の否定的思考や感情反応を、嫌になるほど再現する破目になるかもしれないということです。
でもありがたいことに、それ以外にも方法はあるのです。
すでにお話したように、一つの出来事や状況をどのように体験し反応するかという方法はたくさんあります。どのように反応するかについて真剣に検討してほしいものが、私たちが「高次のレベルでの表現の選択」と呼んでいるものです。その意味は、自分の運命への展開に向けた高次の気づきと選択であり、高次元レベルとの共鳴振動が可能になるような心の姿勢を選択することです。
「高次の選択」とは、あなた方の言葉でいえば「思いやり」を持つことと関係しています。それはたとえ自分自身にどのようなことが起きたとしても、「自分に対する思いやりという内的な姿勢を保つことができる」ということを理解することです。同時にこれは、他人や人々の反応を受け入れ、自分の反応も受け入れるという受容性の共鳴を伴います。そうした思いやりの「視点」は、どのような場合であれすべての人が、潜在能力の許す限り進化への道を歩んでいるという理解をもたらすでしょう。
他人のする選択が本人にとって最善であるように見えるときもあれば、理解できないくらいの最悪の選択であるように見えるときもあるでしょう。しかしどのような選択であれ、あなたがそうであるのと同じように、誰もがみな自らの自由意志によって行なっているのです。ですからそうした視点を持つことができるならば、挫折感や悲しみ、怒り、相手を責めたい感情などが湧いてきたとき、あなた自身のそうした感情反応を、思いやりによって「受けいれる」という内的な姿勢に変えることができるのです。
するとそこに、大いに注目すべきことが起こります。
状況に対する自分の否定的な感情反応を、「受容するという思いやりある」健全なかたちで受け入れるやいなや、あなたの反応が変わり始め、その否定的なエネルギーが消えてしまいます。どういう反応をするかの選択権が自分にあることを思い出した瞬間に、澄んだ意識が戻ってきます。そして自分に他人に思いやりを持つことで、あなたの振動エネルギー場の周波数が上がり、それがあなたの運命を変えるための「新たな鍵」となるのです。
「思いやり」はそうした高次の共鳴振動に達し、参入するための入り口であり、きわめて奥深く美しいやり方で運命を変える手段なのです。そして繰り返しますが、すべてのことに通ずるこの「鍵」は、あなたの人生におけるあらゆる場面で、人との関わりが生じるあらゆる瞬間ごとにその姿を現しているのです。つまり一瞬一瞬が、自分の内と外で起きてくる物事にどのように反応するかの選択の機会なのです。
いつものように、これまでの古い感情反応のパターンにただ「乗っかる」だけであれば、それが作り出してきた運命、つまり自分の目的に適わない運命のパターンに永続的に引き続き、ただ乗っかるだけなのです。人生で体験するすべての出来事に対し、「気づき」と「受容」と「思いやり」を選択するならば、その選択は「叡智と平和」という素晴らしいプレゼントをあなたにもたらしてくれるのです。
1人1人のすべての存在は独自の進化の途上にあり、常にその時点で、あなたからはそうは見えないとしても、自分にとってのできる限りの最善の選択をしていることを知ってください。そしてあなた自身の選択が他の誰かに苦痛をもたらすことがあり得るように、他人の選択があなたや別の人に苦痛を及ぼすこともあり得るでしょう。しかしそうであっても、一見理に適わない理不尽に思える「思いやりと受容」という姿勢を生きることで、激しく強い対立的な感情反応を鎮めてそうしたエネルギーを霧消させ、すぐに穏やかで静かな状態へ戻って澄んだ意識を回復することができます。
固定的で不変のものは存在せず、変化こそがこの世界の常態であり、それはすべてがエネルギーだからです。そしてこうした新しい認識を持つことで、あなたは自らの波動を高次の振動エネルギー場へと変化させ、自分の運命を自らが求めるものへと発展させ、変えていくことができるのです。そのための鍵は次の3つです。
「気づき」 「選択」 「波動」
あなたの生命を次元上昇、あるいは次元低下(つまり退化)の螺旋に置き換えてみると、生命はあなたのエネルギーの振動を増幅して加速させるか、あるいは低減して減速させるかのどちらかであることがわかります。そして意識も上下して、すでにお話したように揺れるものです。また人としての体験においても、それを通して高次の気づきのレベルへと上昇することもできるし、気づきの少ないレベルへと螺旋を落ちていくこともできます。
運命やそうしたものを変えるためには、「気づき」と「選択」の持つ「波動」次第なのです。ですから自分には選択の自由があることを、自覚できるだけの気づきに達していなければなりません。本書で紹介しているエクササイズの練習によって、気づきを高めることができ、すべてはあなたに選択権があることを強烈に悟るようになるでしょう。人生において自分は単なる駒でもなければ、被害者でもなく、すべては自分にその選択の自由があることを実感できるところまで気づきが深まると、未来は自由に開かれたものとなり、柔軟に変化し得るものになります。こうした認識の変化こそが、いわゆる運命を変える「鍵」となるものです。
人生の見えるところで展開している状況パターンが、自らの意識内にある過去の信念と感情パターンの表出であることを受け入れられるようになると、自由はもはやあなたの手の届くところにあります。自らの持つこれまでのパターンとは、実はあなた自身だけでなく両親や家族、先生や仲間、そして自分の住む地域や共同体に生きている多くの人々によって影響され、植え込まれ、それを受け入れたものが信念として結実したものです。なかには堅く信じていてこびりついてしまったかに見えるものもありますが、それも変えることができます。
あなたの意識にあるそうした信念を、変化させることができるのはあなたしかいません。人には、状況が困難であるとわかると、思い通りにいかないことで自分を惨めに思ってしまう傾向があります。しかしそれは私たちの見地からすると、その機会を無駄に逃しているように見えます。なぜなら、もし何かが思い通りにならなくて、強い感情的反応でもってそれを体験するならば、その満足のいかない強い気持ちを建設的に利用することができるからです。
まずそこでできるのは、実際に起きている事件や出来事に十分な意識を持って気づくことであり、それに対して感じている自分の感情的反応に気づくこと、そしてその出来事に関する選択の自由は自分にあることを思い出すことです。たとえ外的状況を変えることができなくても、あなたには必ずそれに対する自らの「内的反応」を変える力があるのです。その出来事に対する自分の反応を変えることで、軸足を乗せるポイントができます。すると運命は、そこを基点に変化しつつ展開して行くようになります。
それについて日常生活で起こりうる膨大な例の中から、具体例を一つ取り上げてみましょう。たとえばあなたが惹かれていたある人と付き合い始めたのですが、相手はあなたの思いに反応してくれないとします。あなたはいつも一緒にいたいと思っているのに相手はそうではなく、むしろ拒否するような態度をするとき、それはあなたにとって苦しみになります。その原因はあなたの考え方にあり、相手に対する執着心と相手が自分にとって重要だと思うからで、相手との間に親しさが生まれなければそれを痛みと感じます。そして拒絶された感覚が生まれ、さらに自分に対する劣等感や自己否定感、欲求不満などの感情に共鳴を起こすようになります。
しかしそうであっても、相手があなたを避けていることがわかった瞬間にも、自分を責めたり、相手を責めたりするのではなく、ただその体験が完全であることに気づき、くつろいだ心でいるならば心の痛みは緩和されるでしょう。自分が愛着を感じている人が自分から遠のいて行くことがわかったとき、それに対する自分の感情的反応に気づき、自分はその感情的反応だけでなく他の反応を選択することができるという事実に気づくことによって、その状況を別の感じ方で体験することが可能になります。そしてそこにはたくさんの選択肢があるのです。
つまり、ある一つの出来事をあなたがどのように体験するかという選択が、その出来事から先の運命がどう展開するかを決定づけるのです。あなたの内面に湧いてくる反応はあなたの持つ内なるパターンというメカニズムの表れであり、それが外の世界において物質化するのです。あなたは実は意識しているいないにかかわらず、毎瞬毎瞬、あなたがする反応によって、あなたの未来を形作る種子はあなた自身の手で蒔かれているのです。ですからそれをこれからは「意識的に」種を蒔くことによって、その実りに好ましい影響を与え、あなたの運命を建設的なものに変えていくことを可能にするのです。
したがって先の例で言うと、あなたを拒絶した人と、その拒絶に対してしたと思っているあなたの反応は、実は別々の事柄であり、あなたにはその状況をどのように体験するかについての幅広い選択の余地があるのです。ところが多くの場合人というものは、いかに新しい出来事であっても、過去の体験という古いパターンに基づいて反応し、体験してしまうようです。それが、「おそらく拒否されるだろう」と予測したり、そのために挫折感を感じ、何かを責めてしまうような今までの自分の反応パターンであり、その結果、いつもの自分の否定的思考や感情反応を、嫌になるほど再現する破目になるかもしれないということです。
でもありがたいことに、それ以外にも方法はあるのです。
すでにお話したように、一つの出来事や状況をどのように体験し反応するかという方法はたくさんあります。どのように反応するかについて真剣に検討してほしいものが、私たちが「高次のレベルでの表現の選択」と呼んでいるものです。その意味は、自分の運命への展開に向けた高次の気づきと選択であり、高次元レベルとの共鳴振動が可能になるような心の姿勢を選択することです。
「高次の選択」とは、あなた方の言葉でいえば「思いやり」を持つことと関係しています。それはたとえ自分自身にどのようなことが起きたとしても、「自分に対する思いやりという内的な姿勢を保つことができる」ということを理解することです。同時にこれは、他人や人々の反応を受け入れ、自分の反応も受け入れるという受容性の共鳴を伴います。そうした思いやりの「視点」は、どのような場合であれすべての人が、潜在能力の許す限り進化への道を歩んでいるという理解をもたらすでしょう。
他人のする選択が本人にとって最善であるように見えるときもあれば、理解できないくらいの最悪の選択であるように見えるときもあるでしょう。しかしどのような選択であれ、あなたがそうであるのと同じように、誰もがみな自らの自由意志によって行なっているのです。ですからそうした視点を持つことができるならば、挫折感や悲しみ、怒り、相手を責めたい感情などが湧いてきたとき、あなた自身のそうした感情反応を、思いやりによって「受けいれる」という内的な姿勢に変えることができるのです。
するとそこに、大いに注目すべきことが起こります。
状況に対する自分の否定的な感情反応を、「受容するという思いやりある」健全なかたちで受け入れるやいなや、あなたの反応が変わり始め、その否定的なエネルギーが消えてしまいます。どういう反応をするかの選択権が自分にあることを思い出した瞬間に、澄んだ意識が戻ってきます。そして自分に他人に思いやりを持つことで、あなたの振動エネルギー場の周波数が上がり、それがあなたの運命を変えるための「新たな鍵」となるのです。
「思いやり」はそうした高次の共鳴振動に達し、参入するための入り口であり、きわめて奥深く美しいやり方で運命を変える手段なのです。そして繰り返しますが、すべてのことに通ずるこの「鍵」は、あなたの人生におけるあらゆる場面で、人との関わりが生じるあらゆる瞬間ごとにその姿を現しているのです。つまり一瞬一瞬が、自分の内と外で起きてくる物事にどのように反応するかの選択の機会なのです。
いつものように、これまでの古い感情反応のパターンにただ「乗っかる」だけであれば、それが作り出してきた運命、つまり自分の目的に適わない運命のパターンに永続的に引き続き、ただ乗っかるだけなのです。人生で体験するすべての出来事に対し、「気づき」と「受容」と「思いやり」を選択するならば、その選択は「叡智と平和」という素晴らしいプレゼントをあなたにもたらしてくれるのです。
1人1人のすべての存在は独自の進化の途上にあり、常にその時点で、あなたからはそうは見えないとしても、自分にとってのできる限りの最善の選択をしていることを知ってください。そしてあなた自身の選択が他の誰かに苦痛をもたらすことがあり得るように、他人の選択があなたや別の人に苦痛を及ぼすこともあり得るでしょう。しかしそうであっても、一見理に適わない理不尽に思える「思いやりと受容」という姿勢を生きることで、激しく強い対立的な感情反応を鎮めてそうしたエネルギーを霧消させ、すぐに穏やかで静かな状態へ戻って澄んだ意識を回復することができます。
固定的で不変のものは存在せず、変化こそがこの世界の常態であり、それはすべてがエネルギーだからです。そしてこうした新しい認識を持つことで、あなたは自らの波動を高次の振動エネルギー場へと変化させ、自分の運命を自らが求めるものへと発展させ、変えていくことができるのです。そのための鍵は次の3つです。
「気づき」 「選択」 「波動」
運命について大きな誤解が存在しているようなので、それについてお話ししましょう。人の運命は決まっているわけではありません。運命とは、決して前もって全面的に決定されるようなものではないのです。とは言っても中には天職などのように、その人に割り当てられた原型的な要素もありますが、そうであってもそれも恒久的に固定されているわけではありません。宿命や運命といったものの側面は単なる見込みや推定に過ぎず、変わり得るものなのです。
あなたの生命を次元上昇、あるいは次元低下(つまり退化)の螺旋に置き換えてみると、生命はあなたのエネルギーの振動を増幅して加速させるか、あるいは低減して減速させるかのどちらかであることがわかります。そして意識も上下して、すでにお話したように揺れるものです。また人としての体験においても、それを通して高次の気づきのレベルへと上昇することもできるし、気づきの少ないレベルへと螺旋を落ちていくこともできます。
運命やそうしたものを変えるためには、「気づき」と「選択」の持つ「波動」次第なのです。ですから自分には選択の自由があることを、自覚できるだけの気づきに達していなければなりません。本書で紹介しているエクササイズの練習によって、気づきを高めることができ、すべてはあなたに選択権があることを強烈に悟るようになるでしょう。人生において自分は単なる駒でもなければ、被害者でもなく、すべては自分にその選択の自由があることを実感できるところまで気づきが深まると、未来は自由に開かれたものとなり、柔軟に変化し得るものになります。こうした認識の変化こそが、いわゆる運命を変える「鍵」となるものです。
人生の見えるところで展開している状況パターンが、自らの意識内にある過去の信念と感情パターンの表出であることを受け入れられるようになると、自由はもはやあなたの手の届くところにあります。自らの持つこれまでのパターンとは、実はあなた自身だけでなく両親や家族、先生や仲間、そして自分の住む地域や共同体に生きている多くの人々によって影響され、植え込まれ、それを受け入れたものが信念として結実したものです。なかには堅く信じていてこびりついてしまったかに見えるものもありますが、それも変えることができます。
あなたの意識にあるそうした信念を、変化させることができるのはあなたしかいません。人には、状況が困難であるとわかると、思い通りにいかないことで自分を惨めに思ってしまう傾向があります。しかしそれは私たちの見地からすると、その機会を無駄に逃しているように見えます。なぜなら、もし何かが思い通りにならなくて、強い感情的反応でもってそれを体験するならば、その満足のいかない強い気持ちを建設的に利用することができるからです。
まずそこでできるのは、実際に起きている事件や出来事に十分な意識を持って気づくことであり、それに対して感じている自分の感情的反応に気づくこと、そしてその出来事に関する選択の自由は自分にあることを思い出すことです。たとえ外的状況を変えることができなくても、あなたには必ずそれに対する自らの「内的反応」を変える力があるのです。その出来事に対する自分の反応を変えることで、軸足を乗せるポイントができます。すると運命は、そこを基点に変化しつつ展開して行くようになります。
それについて日常生活で起こりうる膨大な例の中から、具体例を一つ取り上げてみましょう。たとえばあなたが惹かれていたある人と付き合い始めたのですが、相手はあなたの思いに反応してくれないとします。あなたはいつも一緒にいたいと思っているのに相手はそうではなく、むしろ拒否するような態度をするとき、それはあなたにとって苦しみになります。その原因はあなたの考え方にあり、相手に対する執着心と相手が自分にとって重要だと思うからで、相手との間に親しさが生まれなければそれを痛みと感じます。そして拒絶された感覚が生まれ、さらに自分に対する劣等感や自己否定感、欲求不満などの感情に共鳴を起こすようになります。
しかしそうであっても、相手があなたを避けていることがわかった瞬間にも、自分を責めたり、相手を責めたりするのではなく、ただその体験が完全であることに気づき、くつろいだ心でいるならば心の痛みは緩和されるでしょう。自分が愛着を感じている人が自分から遠のいて行くことがわかったとき、それに対する自分の感情的反応に気づき、自分はその感情的反応だけでなく他の反応を選択することができるという事実に気づくことによって、その状況を別の感じ方で体験することが可能になります。そしてそこにはたくさんの選択肢があるのです。
つまり、ある一つの出来事をあなたがどのように体験するかという選択が、その出来事から先の運命がどう展開するかを決定づけるのです。あなたの内面に湧いてくる反応はあなたの持つ内なるパターンというメカニズムの表れであり、それが外の世界において物質化するのです。あなたは実は意識しているいないにかかわらず、毎瞬毎瞬、あなたがする反応によって、あなたの未来を形作る種子はあなた自身の手で蒔かれているのです。ですからそれをこれからは「意識的に」種を蒔くことによって、その実りに好ましい影響を与え、あなたの運命を建設的なものに変えていくことを可能にするのです。
したがって先の例で言うと、あなたを拒絶した人と、その拒絶に対してしたと思っているあなたの反応は、実は別々の事柄であり、あなたにはその状況をどのように体験するかについての幅広い選択の余地があるのです。ところが多くの場合人というものは、いかに新しい出来事であっても、過去の体験という古いパターンに基づいて反応し、体験してしまうようです。それが、「おそらく拒否されるだろう」と予測したり、そのために挫折感を感じ、何かを責めてしまうような今までの自分の反応パターンであり、その結果、いつもの自分の否定的思考や感情反応を、嫌になるほど再現する破目になるかもしれないということです。
でもありがたいことに、それ以外にも方法はあるのです。
すでにお話したように、一つの出来事や状況をどのように体験し反応するかという方法はたくさんあります。どのように反応するかについて真剣に検討してほしいものが、私たちが「高次のレベルでの表現の選択」と呼んでいるものです。その意味は、自分の運命への展開に向けた高次の気づきと選択であり、高次元レベルとの共鳴振動が可能になるような心の姿勢を選択することです。
「高次の選択」とは、あなた方の言葉でいえば「思いやり」を持つことと関係しています。それはたとえ自分自身にどのようなことが起きたとしても、「自分に対する思いやりという内的な姿勢を保つことができる」ということを理解することです。同時にこれは、他人や人々の反応を受け入れ、自分の反応も受け入れるという受容性の共鳴を伴います。そうした思いやりの「視点」は、どのような場合であれすべての人が、潜在能力の許す限り進化への道を歩んでいるという理解をもたらすでしょう。
他人のする選択が本人にとって最善であるように見えるときもあれば、理解できないくらいの最悪の選択であるように見えるときもあるでしょう。しかしどのような選択であれ、あなたがそうであるのと同じように、誰もがみな自らの自由意志によって行なっているのです。ですからそうした視点を持つことができるならば、挫折感や悲しみ、怒り、相手を責めたい感情などが湧いてきたとき、あなた自身のそうした感情反応を、思いやりによって「受けいれる」という内的な姿勢に変えることができるのです。
するとそこに、大いに注目すべきことが起こります。
状況に対する自分の否定的な感情反応を、「受容するという思いやりある」健全なかたちで受け入れるやいなや、あなたの反応が変わり始め、その否定的なエネルギーが消えてしまいます。どういう反応をするかの選択権が自分にあることを思い出した瞬間に、澄んだ意識が戻ってきます。そして自分に他人に思いやりを持つことで、あなたの振動エネルギー場の周波数が上がり、それがあなたの運命を変えるための「新たな鍵」となるのです。
「思いやり」はそうした高次の共鳴振動に達し、参入するための入り口であり、きわめて奥深く美しいやり方で運命を変える手段なのです。そして繰り返しますが、すべてのことに通ずるこの「鍵」は、あなたの人生におけるあらゆる場面で、人との関わりが生じるあらゆる瞬間ごとにその姿を現しているのです。つまり一瞬一瞬が、自分の内と外で起きてくる物事にどのように反応するかの選択の機会なのです。
いつものように、これまでの古い感情反応のパターンにただ「乗っかる」だけであれば、それが作り出してきた運命、つまり自分の目的に適わない運命のパターンに永続的に引き続き、ただ乗っかるだけなのです。人生で体験するすべての出来事に対し、「気づき」と「受容」と「思いやり」を選択するならば、その選択は「叡智と平和」という素晴らしいプレゼントをあなたにもたらしてくれるのです。
1人1人のすべての存在は独自の進化の途上にあり、常にその時点で、あなたからはそうは見えないとしても、自分にとってのできる限りの最善の選択をしていることを知ってください。そしてあなた自身の選択が他の誰かに苦痛をもたらすことがあり得るように、他人の選択があなたや別の人に苦痛を及ぼすこともあり得るでしょう。しかしそうであっても、一見理に適わない理不尽に思える「思いやりと受容」という姿勢を生きることで、激しく強い対立的な感情反応を鎮めてそうしたエネルギーを霧消させ、すぐに穏やかで静かな状態へ戻って澄んだ意識を回復することができます。
固定的で不変のものは存在せず、変化こそがこの世界の常態であり、それはすべてがエネルギーだからです。そしてこうした新しい認識を持つことで、あなたは自らの波動を高次の振動エネルギー場へと変化させ、自分の運命を自らが求めるものへと発展させ、変えていくことができるのです。そのための鍵は次の3つです。
「気づき」 「選択」 「波動」
あなたの生命を次元上昇、あるいは次元低下(つまり退化)の螺旋に置き換えてみると、生命はあなたのエネルギーの振動を増幅して加速させるか、あるいは低減して減速させるかのどちらかであることがわかります。そして意識も上下して、すでにお話したように揺れるものです。また人としての体験においても、それを通して高次の気づきのレベルへと上昇することもできるし、気づきの少ないレベルへと螺旋を落ちていくこともできます。
運命やそうしたものを変えるためには、「気づき」と「選択」の持つ「波動」次第なのです。ですから自分には選択の自由があることを、自覚できるだけの気づきに達していなければなりません。本書で紹介しているエクササイズの練習によって、気づきを高めることができ、すべてはあなたに選択権があることを強烈に悟るようになるでしょう。人生において自分は単なる駒でもなければ、被害者でもなく、すべては自分にその選択の自由があることを実感できるところまで気づきが深まると、未来は自由に開かれたものとなり、柔軟に変化し得るものになります。こうした認識の変化こそが、いわゆる運命を変える「鍵」となるものです。
人生の見えるところで展開している状況パターンが、自らの意識内にある過去の信念と感情パターンの表出であることを受け入れられるようになると、自由はもはやあなたの手の届くところにあります。自らの持つこれまでのパターンとは、実はあなた自身だけでなく両親や家族、先生や仲間、そして自分の住む地域や共同体に生きている多くの人々によって影響され、植え込まれ、それを受け入れたものが信念として結実したものです。なかには堅く信じていてこびりついてしまったかに見えるものもありますが、それも変えることができます。
あなたの意識にあるそうした信念を、変化させることができるのはあなたしかいません。人には、状況が困難であるとわかると、思い通りにいかないことで自分を惨めに思ってしまう傾向があります。しかしそれは私たちの見地からすると、その機会を無駄に逃しているように見えます。なぜなら、もし何かが思い通りにならなくて、強い感情的反応でもってそれを体験するならば、その満足のいかない強い気持ちを建設的に利用することができるからです。
まずそこでできるのは、実際に起きている事件や出来事に十分な意識を持って気づくことであり、それに対して感じている自分の感情的反応に気づくこと、そしてその出来事に関する選択の自由は自分にあることを思い出すことです。たとえ外的状況を変えることができなくても、あなたには必ずそれに対する自らの「内的反応」を変える力があるのです。その出来事に対する自分の反応を変えることで、軸足を乗せるポイントができます。すると運命は、そこを基点に変化しつつ展開して行くようになります。
それについて日常生活で起こりうる膨大な例の中から、具体例を一つ取り上げてみましょう。たとえばあなたが惹かれていたある人と付き合い始めたのですが、相手はあなたの思いに反応してくれないとします。あなたはいつも一緒にいたいと思っているのに相手はそうではなく、むしろ拒否するような態度をするとき、それはあなたにとって苦しみになります。その原因はあなたの考え方にあり、相手に対する執着心と相手が自分にとって重要だと思うからで、相手との間に親しさが生まれなければそれを痛みと感じます。そして拒絶された感覚が生まれ、さらに自分に対する劣等感や自己否定感、欲求不満などの感情に共鳴を起こすようになります。
しかしそうであっても、相手があなたを避けていることがわかった瞬間にも、自分を責めたり、相手を責めたりするのではなく、ただその体験が完全であることに気づき、くつろいだ心でいるならば心の痛みは緩和されるでしょう。自分が愛着を感じている人が自分から遠のいて行くことがわかったとき、それに対する自分の感情的反応に気づき、自分はその感情的反応だけでなく他の反応を選択することができるという事実に気づくことによって、その状況を別の感じ方で体験することが可能になります。そしてそこにはたくさんの選択肢があるのです。
つまり、ある一つの出来事をあなたがどのように体験するかという選択が、その出来事から先の運命がどう展開するかを決定づけるのです。あなたの内面に湧いてくる反応はあなたの持つ内なるパターンというメカニズムの表れであり、それが外の世界において物質化するのです。あなたは実は意識しているいないにかかわらず、毎瞬毎瞬、あなたがする反応によって、あなたの未来を形作る種子はあなた自身の手で蒔かれているのです。ですからそれをこれからは「意識的に」種を蒔くことによって、その実りに好ましい影響を与え、あなたの運命を建設的なものに変えていくことを可能にするのです。
したがって先の例で言うと、あなたを拒絶した人と、その拒絶に対してしたと思っているあなたの反応は、実は別々の事柄であり、あなたにはその状況をどのように体験するかについての幅広い選択の余地があるのです。ところが多くの場合人というものは、いかに新しい出来事であっても、過去の体験という古いパターンに基づいて反応し、体験してしまうようです。それが、「おそらく拒否されるだろう」と予測したり、そのために挫折感を感じ、何かを責めてしまうような今までの自分の反応パターンであり、その結果、いつもの自分の否定的思考や感情反応を、嫌になるほど再現する破目になるかもしれないということです。
でもありがたいことに、それ以外にも方法はあるのです。
すでにお話したように、一つの出来事や状況をどのように体験し反応するかという方法はたくさんあります。どのように反応するかについて真剣に検討してほしいものが、私たちが「高次のレベルでの表現の選択」と呼んでいるものです。その意味は、自分の運命への展開に向けた高次の気づきと選択であり、高次元レベルとの共鳴振動が可能になるような心の姿勢を選択することです。
「高次の選択」とは、あなた方の言葉でいえば「思いやり」を持つことと関係しています。それはたとえ自分自身にどのようなことが起きたとしても、「自分に対する思いやりという内的な姿勢を保つことができる」ということを理解することです。同時にこれは、他人や人々の反応を受け入れ、自分の反応も受け入れるという受容性の共鳴を伴います。そうした思いやりの「視点」は、どのような場合であれすべての人が、潜在能力の許す限り進化への道を歩んでいるという理解をもたらすでしょう。
他人のする選択が本人にとって最善であるように見えるときもあれば、理解できないくらいの最悪の選択であるように見えるときもあるでしょう。しかしどのような選択であれ、あなたがそうであるのと同じように、誰もがみな自らの自由意志によって行なっているのです。ですからそうした視点を持つことができるならば、挫折感や悲しみ、怒り、相手を責めたい感情などが湧いてきたとき、あなた自身のそうした感情反応を、思いやりによって「受けいれる」という内的な姿勢に変えることができるのです。
するとそこに、大いに注目すべきことが起こります。
状況に対する自分の否定的な感情反応を、「受容するという思いやりある」健全なかたちで受け入れるやいなや、あなたの反応が変わり始め、その否定的なエネルギーが消えてしまいます。どういう反応をするかの選択権が自分にあることを思い出した瞬間に、澄んだ意識が戻ってきます。そして自分に他人に思いやりを持つことで、あなたの振動エネルギー場の周波数が上がり、それがあなたの運命を変えるための「新たな鍵」となるのです。
「思いやり」はそうした高次の共鳴振動に達し、参入するための入り口であり、きわめて奥深く美しいやり方で運命を変える手段なのです。そして繰り返しますが、すべてのことに通ずるこの「鍵」は、あなたの人生におけるあらゆる場面で、人との関わりが生じるあらゆる瞬間ごとにその姿を現しているのです。つまり一瞬一瞬が、自分の内と外で起きてくる物事にどのように反応するかの選択の機会なのです。
いつものように、これまでの古い感情反応のパターンにただ「乗っかる」だけであれば、それが作り出してきた運命、つまり自分の目的に適わない運命のパターンに永続的に引き続き、ただ乗っかるだけなのです。人生で体験するすべての出来事に対し、「気づき」と「受容」と「思いやり」を選択するならば、その選択は「叡智と平和」という素晴らしいプレゼントをあなたにもたらしてくれるのです。
1人1人のすべての存在は独自の進化の途上にあり、常にその時点で、あなたからはそうは見えないとしても、自分にとってのできる限りの最善の選択をしていることを知ってください。そしてあなた自身の選択が他の誰かに苦痛をもたらすことがあり得るように、他人の選択があなたや別の人に苦痛を及ぼすこともあり得るでしょう。しかしそうであっても、一見理に適わない理不尽に思える「思いやりと受容」という姿勢を生きることで、激しく強い対立的な感情反応を鎮めてそうしたエネルギーを霧消させ、すぐに穏やかで静かな状態へ戻って澄んだ意識を回復することができます。
固定的で不変のものは存在せず、変化こそがこの世界の常態であり、それはすべてがエネルギーだからです。そしてこうした新しい認識を持つことで、あなたは自らの波動を高次の振動エネルギー場へと変化させ、自分の運命を自らが求めるものへと発展させ、変えていくことができるのです。そのための鍵は次の3つです。
「気づき」 「選択」 「波動」
運命について大きな誤解が存在しているようなので、それについてお話ししましょう。人の運命は決まっているわけではありません。運命とは、決して前もって全面的に決定されるようなものではないのです。とは言っても中には天職などのように、その人に割り当てられた原型的な要素もありますが、そうであってもそれも恒久的に固定されているわけではありません。宿命や運命といったものの側面は単なる見込みや推定に過ぎず、変わり得るものなのです。
あなたの生命を次元上昇、あるいは次元低下(つまり退化)の螺旋に置き換えてみると、生命はあなたのエネルギーの振動を増幅して加速させるか、あるいは低減して減速させるかのどちらかであることがわかります。そして意識も上下して、すでにお話したように揺れるものです。また人としての体験においても、それを通して高次の気づきのレベルへと上昇することもできるし、気づきの少ないレベルへと螺旋を落ちていくこともできます。
運命やそうしたものを変えるためには、「気づき」と「選択」の持つ「波動」次第なのです。ですから自分には選択の自由があることを、自覚できるだけの気づきに達していなければなりません。本書で紹介しているエクササイズの練習によって、気づきを高めることができ、すべてはあなたに選択権があることを強烈に悟るようになるでしょう。人生において自分は単なる駒でもなければ、被害者でもなく、すべては自分にその選択の自由があることを実感できるところまで気づきが深まると、未来は自由に開かれたものとなり、柔軟に変化し得るものになります。こうした認識の変化こそが、いわゆる運命を変える「鍵」となるものです。
人生の見えるところで展開している状況パターンが、自らの意識内にある過去の信念と感情パターンの表出であることを受け入れられるようになると、自由はもはやあなたの手の届くところにあります。自らの持つこれまでのパターンとは、実はあなた自身だけでなく両親や家族、先生や仲間、そして自分の住む地域や共同体に生きている多くの人々によって影響され、植え込まれ、それを受け入れたものが信念として結実したものです。なかには堅く信じていてこびりついてしまったかに見えるものもありますが、それも変えることができます。
あなたの意識にあるそうした信念を、変化させることができるのはあなたしかいません。人には、状況が困難であるとわかると、思い通りにいかないことで自分を惨めに思ってしまう傾向があります。しかしそれは私たちの見地からすると、その機会を無駄に逃しているように見えます。なぜなら、もし何かが思い通りにならなくて、強い感情的反応でもってそれを体験するならば、その満足のいかない強い気持ちを建設的に利用することができるからです。
まずそこでできるのは、実際に起きている事件や出来事に十分な意識を持って気づくことであり、それに対して感じている自分の感情的反応に気づくこと、そしてその出来事に関する選択の自由は自分にあることを思い出すことです。たとえ外的状況を変えることができなくても、あなたには必ずそれに対する自らの「内的反応」を変える力があるのです。その出来事に対する自分の反応を変えることで、軸足を乗せるポイントができます。すると運命は、そこを基点に変化しつつ展開して行くようになります。
それについて日常生活で起こりうる膨大な例の中から、具体例を一つ取り上げてみましょう。たとえばあなたが惹かれていたある人と付き合い始めたのですが、相手はあなたの思いに反応してくれないとします。あなたはいつも一緒にいたいと思っているのに相手はそうではなく、むしろ拒否するような態度をするとき、それはあなたにとって苦しみになります。その原因はあなたの考え方にあり、相手に対する執着心と相手が自分にとって重要だと思うからで、相手との間に親しさが生まれなければそれを痛みと感じます。そして拒絶された感覚が生まれ、さらに自分に対する劣等感や自己否定感、欲求不満などの感情に共鳴を起こすようになります。
しかしそうであっても、相手があなたを避けていることがわかった瞬間にも、自分を責めたり、相手を責めたりするのではなく、ただその体験が完全であることに気づき、くつろいだ心でいるならば心の痛みは緩和されるでしょう。自分が愛着を感じている人が自分から遠のいて行くことがわかったとき、それに対する自分の感情的反応に気づき、自分はその感情的反応だけでなく他の反応を選択することができるという事実に気づくことによって、その状況を別の感じ方で体験することが可能になります。そしてそこにはたくさんの選択肢があるのです。
つまり、ある一つの出来事をあなたがどのように体験するかという選択が、その出来事から先の運命がどう展開するかを決定づけるのです。あなたの内面に湧いてくる反応はあなたの持つ内なるパターンというメカニズムの表れであり、それが外の世界において物質化するのです。あなたは実は意識しているいないにかかわらず、毎瞬毎瞬、あなたがする反応によって、あなたの未来を形作る種子はあなた自身の手で蒔かれているのです。ですからそれをこれからは「意識的に」種を蒔くことによって、その実りに好ましい影響を与え、あなたの運命を建設的なものに変えていくことを可能にするのです。
したがって先の例で言うと、あなたを拒絶した人と、その拒絶に対してしたと思っているあなたの反応は、実は別々の事柄であり、あなたにはその状況をどのように体験するかについての幅広い選択の余地があるのです。ところが多くの場合人というものは、いかに新しい出来事であっても、過去の体験という古いパターンに基づいて反応し、体験してしまうようです。それが、「おそらく拒否されるだろう」と予測したり、そのために挫折感を感じ、何かを責めてしまうような今までの自分の反応パターンであり、その結果、いつもの自分の否定的思考や感情反応を、嫌になるほど再現する破目になるかもしれないということです。
でもありがたいことに、それ以外にも方法はあるのです。
すでにお話したように、一つの出来事や状況をどのように体験し反応するかという方法はたくさんあります。どのように反応するかについて真剣に検討してほしいものが、私たちが「高次のレベルでの表現の選択」と呼んでいるものです。その意味は、自分の運命への展開に向けた高次の気づきと選択であり、高次元レベルとの共鳴振動が可能になるような心の姿勢を選択することです。
「高次の選択」とは、あなた方の言葉でいえば「思いやり」を持つことと関係しています。それはたとえ自分自身にどのようなことが起きたとしても、「自分に対する思いやりという内的な姿勢を保つことができる」ということを理解することです。同時にこれは、他人や人々の反応を受け入れ、自分の反応も受け入れるという受容性の共鳴を伴います。そうした思いやりの「視点」は、どのような場合であれすべての人が、潜在能力の許す限り進化への道を歩んでいるという理解をもたらすでしょう。
他人のする選択が本人にとって最善であるように見えるときもあれば、理解できないくらいの最悪の選択であるように見えるときもあるでしょう。しかしどのような選択であれ、あなたがそうであるのと同じように、誰もがみな自らの自由意志によって行なっているのです。ですからそうした視点を持つことができるならば、挫折感や悲しみ、怒り、相手を責めたい感情などが湧いてきたとき、あなた自身のそうした感情反応を、思いやりによって「受けいれる」という内的な姿勢に変えることができるのです。
するとそこに、大いに注目すべきことが起こります。
状況に対する自分の否定的な感情反応を、「受容するという思いやりある」健全なかたちで受け入れるやいなや、あなたの反応が変わり始め、その否定的なエネルギーが消えてしまいます。どういう反応をするかの選択権が自分にあることを思い出した瞬間に、澄んだ意識が戻ってきます。そして自分に他人に思いやりを持つことで、あなたの振動エネルギー場の周波数が上がり、それがあなたの運命を変えるための「新たな鍵」となるのです。
「思いやり」はそうした高次の共鳴振動に達し、参入するための入り口であり、きわめて奥深く美しいやり方で運命を変える手段なのです。そして繰り返しますが、すべてのことに通ずるこの「鍵」は、あなたの人生におけるあらゆる場面で、人との関わりが生じるあらゆる瞬間ごとにその姿を現しているのです。つまり一瞬一瞬が、自分の内と外で起きてくる物事にどのように反応するかの選択の機会なのです。
いつものように、これまでの古い感情反応のパターンにただ「乗っかる」だけであれば、それが作り出してきた運命、つまり自分の目的に適わない運命のパターンに永続的に引き続き、ただ乗っかるだけなのです。人生で体験するすべての出来事に対し、「気づき」と「受容」と「思いやり」を選択するならば、その選択は「叡智と平和」という素晴らしいプレゼントをあなたにもたらしてくれるのです。
1人1人のすべての存在は独自の進化の途上にあり、常にその時点で、あなたからはそうは見えないとしても、自分にとってのできる限りの最善の選択をしていることを知ってください。そしてあなた自身の選択が他の誰かに苦痛をもたらすことがあり得るように、他人の選択があなたや別の人に苦痛を及ぼすこともあり得るでしょう。しかしそうであっても、一見理に適わない理不尽に思える「思いやりと受容」という姿勢を生きることで、激しく強い対立的な感情反応を鎮めてそうしたエネルギーを霧消させ、すぐに穏やかで静かな状態へ戻って澄んだ意識を回復することができます。
固定的で不変のものは存在せず、変化こそがこの世界の常態であり、それはすべてがエネルギーだからです。そしてこうした新しい認識を持つことで、あなたは自らの波動を高次の振動エネルギー場へと変化させ、自分の運命を自らが求めるものへと発展させ、変えていくことができるのです。そのための鍵は次の3つです。
「気づき」 「選択」 「波動」